真の父母の日

1960年陰暦3月1日(陽暦3月27日)宣布
 本来アダムとエバが堕落せずに個性完成して結婚し、真の父母の立場を全うしていたならば、彼らは神の有形実体対象となり、霊肉両界の主管主となるはずでした。そして、神と同じ立場に立って神の心情と完全に一つになり、天宙の中心存在となることができ、ここに「父母の日」が決定されたはずでした。 ところが、アダムとエバの堕落によってこれらの創造理想のすべてが失われたので、人類の真の父母の位置を復帰するために文先生は第二次大戦終了時より路程を出発されました。

 すなわち韓国においてアベル的キリスト教を代表する二人の牧師が文先生と一体化していたならば、国家的基盤の上に立って世界に向かって出発するはずでした。

 しかし、二人の牧師が使命を果たさなかったため、すべての歴史的、世界的基台が失われ、キリスト教もサタンに所有される立場に陥ってしまい、神のみ旨を妨害する立場に立つようになってしまいました。

 その蕩減のゆえに文先生の十字架の道が出発し、北韓での興南にあった「徳里特別労務者収容所」での苦役中、何度も十字架の限界を乗り越えて南に帰って来られましたが、さらに韓国においても投獄されてしまったのです。

 すなわち、サタンの公認を勝ち取るためには、幾多の迫害と攻撃を乗り越えなければならず、そのようにして失われた歴史を蕩減復帰した勝利の土台の上に、 1960年陰暦3月1日、青坡洞の本部教会(当時)で韓鶴子夫人と約婚式を挙行されましたが、その翌年からこの日を「父母の日」と決められたのです。

 すなわち、第三アダムとして来られた「真の父」が、新婦としての「真の母」を復帰して、人類の真の父母となる基準が満たされたということであり、聖書の中で「子羊の婚姻」(ヨハネ黙示録19・7)が行われると預言された内容の成就でありました。

 なお、1994年の「父母の日」から「真の父母の日」と改められ、「神の日」「万物の日」「子女の日」も同様に「真の」をつけることになりました。
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